六法全書などを読むと、心地よいと感じた。あげあしをとられぬよう、あらゆるケースを想定し、限りなく別の意味に受けとられることが少ない単語を用いていたりもする。

自分が伝えたいことを表現するとき、まさにそのようなことが必要なのではないかと考えていた。

しかし、写真を用いて表現するようになり、一対一に対応するよりも、受け取り方の幅を許容した方が、より豊かな表現ができると同時に共感を得ることに気がついた。

いまでは、言葉を大事にすればするほど、言葉の受け取り方の許容範囲を楽しむことが出来る。
あるほとなつきの似ている部分を強いてあげるとすれば、それは、言葉にかぎらず、そのような感覚なのかも知れない。

そして、そのためには、お互いの価値観をみとめあうということや、そもそも「知る」ということが大切なのだ。

現在、『空気売りの少女』は仏語訳をはじめています。言葉を大事にしている翻訳者にお願いして楽しみながら進行中です!いつか、ご紹介いたします!